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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)7893号 判決

原告

別紙原告目録(一)ないし(三)記載のとおり

主文

一  被告日総リース株式会社は、別紙原告目録(一)記載の各原告に対し、別紙賞与・退職金一覧表(一)の「賞与退職金請求合計額」欄記載の金員及びこれに対する昭和六三年七月二八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告日本不動産ローン株式会社は、別紙原告目録(二)記載の各原告に対し、別紙賞与・退職金一覧表(二)の「賞与退職金請求合計額」欄記載の金員及びこれに対する昭和六三年七月二八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告日本不動産鑑定株式会社は、別紙原告目録(三)記載の各原告に対し、別紙賞与・退職金一覧表(三)の「賞与退職金請求合計額」欄記載の金員及びこれに対する昭和六三年七月二八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告らの被告根本勝に対する各請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用中、別紙原告目録(一)記載の各原告と被告日総リース株式会社との間に生じたものは被告日総リース株式会社の、別紙原告目録(二)記載の各原告と被告日本不動産ローン株式会社との間に生じたものは被告日本不動産ローン株式会社の、別紙原告目録(三)記載の各原告と被告日本不動産鑑定株式会社との間に生じたものは被告日本不動産鑑定株式会社のそれぞれ負担とし、原告らと被告根本勝との間に生じたものは原告らの負担とする。

六  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告日総リース株式会社及び被告根本勝は各自、別紙原告目録(一)記載の各原告に対し、別紙賞与・退職金一覧表(略)(一)の「賞与退職金請求合計額」欄記載の金員及びこれに対する昭和六三年七月二八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告日本不動産ローン株式会社及び被告根本勝は各自、別紙原告目録(二)記載の各原告に対し、別紙賞与・退職金一覧表(二)の「賞与退職金請求合計額」欄記載の金員及びこれに対する昭和六三年七月二八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告日本不動産鑑定株式会社及び被告根本勝は各自、別紙原告目録(三)記載の各原告に対し、別紙賞与・退職金一覧表(三)の「賞与退職金請求合計額」欄記載の金員及びこれに対する昭和六三年七月二八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの各請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 被告日総リース株式会社(以下「被告日総」という。)は、昭和四四年四月一八日に設立された、不動産等を担保とする融資、抵当証券の売買等を目的とする株式会社であり、被告日本不動産ローン株式会社(以下「被告日本不動産」という。)は、昭和五六年五月一一日に設立された、不動産等を担保とする融資等を目的とする株式会社であり、被告日本不動産鑑定株式会社(以下「被告日本鑑定」という。)は、昭和五五年四月一九日に設立された、不動産鑑定業等を目的とする株式会社(この三会社を、以下「被告三社」という。)である。

また、被告根本勝(以下「被告根本」という。)は、被告三社の各代表取締役であり、被告日総を中核として被告日本不動産、被告日本鑑定その他関連会社をも含めたグループ(以下「日総グループ」という。)のいわゆるオーナーの立場にあるものである。

(二) 昭和六二年一二月ころ、別紙原告目録(一)記載の各原告は被告日総の、別紙原告目録(二)記載の各原告は被告日本不動産の、別紙原告目録(三)記載の各原告は被告日本鑑定のそれぞれ従業員であった。

2  退職金請求権

(一) 被告三社の各退職金規程によると、三年以上勤務した従業員が会社都合により退職した場合には、退職者の月俸に勤続年数に応じた会社都合退職の場合の支給率を乗じて算出した退職金を退職日から起算して三か月以内に支払うこととされている。

(二) 退職金を請求する原告らの月俸(基本給)、入社日、退職日、勤続年数及び退職金支給率は別紙賞与・退職金一覧表(以下「別紙一覧表」という。)(一)ないし(三)の各該当欄記載のとおりであり、前項の算出方法に従って右原告らの退職金、退職金支払期日を算出すると別紙一覧表(一)ないし(三)の各該当欄記載のとおりとなる。

(三) 右原告らは、別紙一覧表(一)ないし(三)の「補填額」欄記載の各金額を生命保険会社から企業年金の解約金として支払を受けた。

(四) したがって、右原告らは、それぞれの雇用主たる被告三社に対し、別紙一覧表(一)ないし(三)の「退職金」欄記載の各退職金の支払請求権を有する。

3  賞与請求権

(一) 原告らのそれぞれ所属していた被告三社の各代表としての被告根本勝は、昭和六三年一月二一日に、原告らを代理する被告日総前取締役矢萩剛吉外四名との間において、昭和六二年一二月の賞与の支給について、昭和六二年一二月三一日現在在職する自社従業員に対して基本給の一・五か月分を、また嘱託職員については各人の契約による一か月分をそれぞれ昭和六三年三月三一日限り支給する旨合意した。

(二) 賞与を請求する原告らの月俸は、嘱託職員を含め別紙一覧表(一)ないし(三)の「月俸(基本給)」欄記載のとおりであり、右原告らは全員昭和六二年一二月三一日現在それぞれ所属する被告三社に在職していた。なお、賞与については、右原告らの出勤状況により別紙一覧表(一)ないし(三)の「勤怠控除」欄記載のとおりの勤怠控除がなされている。

(三) したがって、右原告らは、それぞれの雇用主たる被告三社に対して、右勤怠控除をした上で、それぞれ別紙一覧表(一)ないし(三)の「控除後賞与金額」欄記載の各賞与の支払請求権を有する。

4  被告根本の責任

(一) 被告根本は、前記のとおり被告三社の各代表取締役であるほか、日本総合ファイナンス株式会社、日総不動産株式会社等の代表取締役でもあり、日総グループ二三社の総帥としていわゆるオーナーの地位にあるものである。

(二) 被告日総は、昭和四四年の創立以来、順調に業績を伸ばしてきたかのようにみえたが、そもそもその営業方法に問題を抱えており、特に融資の際、融資先から不動産を担保として取得するばかりでなく、手形を支払の方法として差し入れさせ、このうち、不動産は主として生命保険会社に担保として差し入れて資金を調達し、手形の方は主として銀行に担保として差し入れて銀行からも融資を受けるという、二重に資金を調達する方法が取られてきた。そして、このことが、昭和六〇年一〇月ころ金融機関や生命保険会社に知られるところとなってその信頼を失い、金融機関等の中には被告日総に対する新規融資を止めるものも現われ、被告日総は徐々に資金繰りに苦しむようになり、昭和六一年八月末にはほとんど資金繰りができない状態にまで追い詰められてしまった。

(三) そこで、被告日総は、同月中旬ころから会社再建のため専門の弁護士に依頼して、再建を図ることとした。そして、右弁護士は、同年九月一九日に会社の現状及び現在の再建計画の進行状況等を説明するという趣旨のもとに、金融機関等を集めて説明会を行い、実際には何ら具体的な再建計画は提示できなかったものの、被告日総を含めた日総グループの再建に尽力し、同年一一月から一二月にかけては従業員と支店を半減するなど事業規模を縮小して経費の節約を努め、また金融機関等に対しては支払猶予や手形の書換えを依頼し、その間に金融機関等の意向を取り入れて抜本的な再建案を作成し、右弁護士から被告根本に対し昭和六二年四月に以下の内容の退陣要求がなされた。

〈1〉 被告根本は、その所有する日総グループの株式について議決権を三年間行使しない。

〈2〉 被告根本は、被告日総等の代表取締役を辞め、日本綜合施設株式会社及び株式会社じざい家の代表取締役となる。

〈3〉 被告根本所有の株式を金融機関等に担保として差し入れる。

しかし、被告根本は自己のオーナー権に固執し、この要求を拒絶した。

(四) その後、同年一一月ころまでには、被告日総の従業員の間においても、被告根本が社長である限りは抜本的な改革は望めないという考え方が支配的となり、被告日総の従業員が被告根本及び取締役等の役員に対し、同年一一月四日に文書で退陣を要求した。

ところが、被告根本は右退陣要求を無視したばかりか、同月六日には会社再建の中心であった右弁護士を独断で解任してしまった。そして、数日後には右解任を撤回したものの、結局、同年一二月には同弁護士を最終的に解任した。

(五) 他方、従業員から退陣要求された被告日総の右役員も、被告根本がオーナー権に固執している限り、金融機関等の協力は得られないことが明らかであったから、結局は被告根本が退陣して新たな社長のもとで金融機関等と折り合いをつけていかなければ会社再建は不可能であるとの結論に達し、同年一一月一六日に役員名で被告根本に対し退陣を要求した。

しかし、被告根本はこれも拒否し、同年一二月には独断で、社長退陣を推進する主要な従業員数名を解雇し、さらには臨時株主総会を開催して取締役等を解任してしまった。ただ、この間も従業員らと被告根本との間の交渉は断続的に続けられ、一一月三〇日及び一二月四日には被告根本の退陣を前提として話合いがもたれたが、被告根本はやはりオーナー権に固執して辞任しようとしなかった。

(六) そして、結局被告日総は、昭和六三年二月一日に第一回の手形不渡りとなり、同月九日には東京地方裁判所に和議申請を行い、事実上倒産した。

(七) 以上のとおり、被告日総は、昭和六〇年一〇月ころから資金繰りが苦しくなり、徐々に経営状態が悪化してきたなかで、再建専門の弁護士に依頼して再建案を検討し、事業規模を縮小するなどの会社再建を進めてきた。そして、かかる再建案の中の被告根本の退陣案は、全く信用をなくした被告根本を更迭しないまま会社を再建することは不可能であったため出されたもので、金融機関等会社債権者の協力の前提条件であった。したがって、かかる経緯を経て出された右退陣案は、会社再建を図る上で他に選択の余地のない結論であった。しかも、その退陣案は、永久にオーナー権を剥奪するという内容のものではなく、経営責任という見地からは妥当な案であり、被告根本がこの退陣案を受け入れていれば、金融機関等の協力を得て被告日総が再建する可能性は極めて大きかったのである。それにもかかわらず、被告根本は、自己のオーナー権に固執して右退陣案を拒否し、会社再建の中心であった右弁護士や役員、従業員等を解任して、結果的に被告日総を事実上の倒産に追い込んだものである。このような再建案の受け入れ拒否から弁護士等の解任に至るまでの被告根本の一連の判断は、合理的な根拠が全くないものであり、明らかに会社経営上の任務違背に当たるというべきである。

そして、被告根本は、自己のオーナー権に固執するあまり、右任務違背を行ったものであるが、右判断の前提たる退陣案の受け入れは選択の余地のなかったものであり、任務違背について明らかに故意又は過失が認められる。また、被告三社は、被告根本の右任務違背によって再建の道を閉ざされ、事実上倒産したものであり、原告らは、これによって本件退職金等の支払を受けることができなくなったものであるから、被告根本の任務違背と原告らの損害との間には明らかに因果関係が存するというべきである。

したがって、被告根本は、原告らに対して商法二六六条の三に基づく損害賠償債務を負担するものである。

5  結論

よって、別紙原告目録(一)記載の各原告は、被告日総及び被告根本に対し、連帯して別紙一覧表(一)の「賞与退職金請求合計額」欄記載の金員及びこれらに対するそれぞれ弁済期の経過した後である昭和六三年七月二八日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、別紙原告目録(二)記載の各原告は、被告日本不動産及び被告根本に対し、連帯して別紙一覧表(二)の「賞与退職金請求合計額」欄記載の金員及びこれらに対するそれぞれ弁済期の経過した後である昭和六三年七月二八日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、別紙原告目録(三)記載の各原告は、被告日本鑑定及び被告根本に対し、連帯して別紙一覧表(三)の「賞与退職金請求合計額」欄記載の金員及びこれらに対するそれぞれ弁済期の経過した後である昭和六三年七月二八日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金のそれぞれ支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2(一)及び(三)の各事実はいずれも認める。

(二)  同2(二)の事実にうち、退職金を請求する原告らの月俸(基本給)、入社日、退職日、勤続年数及び退職金支払期日は別紙一覧表各該当欄記載のとおりであることは認めるが、右原告らが会社都合による退職であるとの点は否認する。仮に、原告らが会社都合による退職であるとすると右原告ら主張の退職金支給率及び退職金となることは認める。右原告らはいずれも自己都合による退職である。

(三)  同2(四)の主張は争う。

3(一)  同3(一)の事実は否認する。

(二)  同3(二)の事実は認める。

(三)  同3(三)の主張は争う。

4(一)  同4(一)ないし(六)の各事実のうち、被告根本が被告三社の各代表取締役であるほか、日本総合ファイナンス株式会社、日総不動産株式会社等の代表取締役であり、被告日総を中心とする日総グループ二三社の総帥としていわゆるオーナーの地位にあるものであること、原告ら主張の二重に資金を調達する方法が昭和六〇年一〇月ころから金融機関等に知られるところとなってその信頼を失ったこと、被告根本が退陣要求を拒否したこと、被告根本がその反対する役員を解任したこと、日総グループが倒産状態となったことはいずれも認めるが、その余の事実は否認する。

(二)  同(七)の主張は争う。

(三)  原告らは、要するに被告根本が原告らの退陣要求に従わなかったことが取締役としての任務違背であると主張するものであるが、株式会社における役員の選任権及び解任権は、取締役については株主総会に、代表取締役については取締役会にそれぞれ属するものであり、従業員や一般債権者が退陣要求権を持つものではない。したがって、法的な権利を持たないものから出された要求を容れなかったからといって、それが任務違背となることはない。

三  被告らの主張(請求原因3に対し)

1  仮に、原告ら主張の合意があったとしても、被告根本の意思表示は、原告らが同人らを一二時間以上も社長室に軟禁したうえでなされたもので、原告らの強迫によるものであり、被告三社は、昭和六三年九月五日の本件口頭弁論期日において右合意を取り消す旨の意思表示をした。

2  仮に、原告ら主張の合意があったとしても、右合意には次の条件が付せられていた。

〈1〉 日総グループに属する各会社のすべての従業員は、昭和六三年一月二二日の出勤時間(午前八時四五分)から各職場に復帰したうえ、直ちに正常な業務に就くこと。

〈2〉 昭和六三年一月二一日付けの本件合意書に署名した者らは、日総グループに属する各会社の支店の統廃合について、日総グループ代表者根本勝の指示に全面的に従うこと。

〈3〉 右従業員が右〈1〉及び〈2〉の各条項を完全に履行したときには、日総グループの各社は、昭和六二年一二月三一日現在在籍の従業員に対し、基本給の一・五か月分に相当する金員を賞与の名目で、できるだけ早く支給するが、それは資金繰りの許す場合であること。

3  原告らの右2〈1〉及び〈2〉の各債務は、現在履行不能となったから、被告三社は、昭和六三年九月五日の本件口頭弁論期日において右合意を解除する旨の意思表示をした。

四  被告らの主張に対する認否

1  被告らの主張1の事実のうち、被告三社が昭和六三年九月五日の本件口頭弁論期日において右合意を取り消す旨の意思表示をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

2  同2の事実は否認する。

3  同3の事実のうち、被告三社が昭和六三年九月五日の本件口頭弁論期日において右合意を解除する旨の意思表示をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

五  原告らの反論(被告らの主張2及び3に対し)

被告らの主張2の条件のうち、〈1〉については、当日は全従業員が出社したが、昭和六二年一二月に被告根本が雇用した社長付き従業員によって、コンピューター回線の長期停止、電話機の取り外し、一部机の配置換え等がなされていたために、直ちに正常な業務に就けなかったものである。なお、ロックアウトされていなかった支店においては、従来通り正常に業務に就いていたものである。〈2〉については、支店の統廃合は当時既に終了の段階にあったものである。〈3〉については、この条項は、(証拠略)の文言からも明らかなように、右〈1〉及び〈2〉の完全履行を条件としているものではない。なお、賞与については、昭和六三年三月三一日までの間に支給するが、資金繰りの許す限り、それ以前に出来るだけ早く支給する旨合意されたものである。

六  原告らの反論に対する認否

否認する。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因1(当事者)の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、先ず、原告らの退職金請求権の存否について検討する。

被告三社の各退職金規程によると、三年以上勤務した従業員が会社都合により退職した場合には、退職者の月俸に勤続年数に応じた会社都合退職の場合の支給率を乗じて算出した退職金を退職日から起算して三か月以内に支払うこととされていること、退職金を請求する原告らの月俸(基本給)、入社日、退職日、勤続年数及び退職金支払期日は別紙一覧表(一)ないし(三)の各該当欄記載のとおりであること、右原告らは別紙一覧表(一)ないし(三)の「補填額」欄記載の各金額を生命保険会社から企業年金の解約金として支払を受けたことはいずれも当事者間に争いがない。

そこで、退職金を請求する原告らの退職が会社都合によるものか自己都合によるものかを判断するに、(証拠略)及び弁論の全趣旨によると、日総グループの代表たる被告根本は、昭和六二年一二月にその従業員らに対し解雇予告通知をしたこと、昭和六三年一月二一日には、原告ら従業員が話し合ったうえで、日総グループ役員・従業員代表たる矢萩剛吉外四名が日総グループの代表たる被告根本との間において、同年一月一日から同年三月三一日までの間の退職者については、その退職理由、時期、手続のいかんを問わず、すべて会社都合による扱いとする旨の合意を締結したこと、被告日総及び被告日本不動産が職業安定所に提出した原告らの雇用保険被保険者離職票には、離職理由として経営不振に伴う人員整理による会社都合退社と記載されており、被告根本もこれを承認していたことがいずれも認められ、右認定に反する証拠はない。そして、右認定の事実によると、退職金を請求する原告らの退職金はいずれも会社都合による退職として計算されることになっていたことが推認される。しかるところ、右原告らが会社都合による退職であるとすると右原告ら主張の退職金支給率及び退職金となることは当事者間に争いがないから、右原告らは、それぞれの雇用主たる被告三社に対し、別紙一覧表(略)(一)ないし(三)の「退職金」欄記載の各退職金の支払請求権を有する。

三  次に、原告らの賞与請求権の存否について検討する。

1  賞与を請求する原告らの月俸が嘱託職員を含め別紙一覧表(一)ないし(三)の「月俸(基本給)」欄記載のとおりであること、右原告らは全員昭和六二年一二月三一日現在それぞれ所属する被告三社に在職していたこと、賞与については、原告らの出勤状況により別紙一覧表(一)ないし(三)の「勤怠控除」欄記載のとおりの勤怠控除がなされていることは、いずれも当事者間に争いがない。

そこで、原告らと被告三社との間に原告ら主張の賞与を支給する旨の合意が成立しているか否かについて判断するに、(証拠略)及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

(一)  被告日総は、営業方法に問題があったため、昭和六〇年一〇月ころから徐々に資金繰りに苦しむようになり、昭和六一年八月末にはほとんど資金繰りができない状態となってしまった。

(二)  そこで、被告日総は、同月中旬ころから、会社再建のため専門の弁護士に依頼して、再建を図ることにした。右弁護士は、同年九月一九日には金融機関等の債権者を集めて説明会を行って支払い猶予等を依頼し、他方、再建計画を練り、同年一一月から一二月にかけては従業員と支店を半減するなど事業規模を縮小して経費の節約に努めた。そして、右弁護士は、金融機関等の意向を取り入れて被告根本の退陣を前提にした再建案を作成し、昭和六二年四月ころ同人に対し、子会社に退くこと、日総グループの株式についての議決権を三年間行使しないことなどを内容とする退陣要求がなされた。しかし、被告根本は、自分は日総グループのオーナーであるとして、右要求を拒否した。

(三)  その後、被告日総の従業員らも、被告根本に対し退陣要求をしたりしたが、被告根本は、これもまた拒否し、昭和六二年一二月には右弁護士を解任し、さらに、社長退陣を推進していた主要な従業員数名を解雇し、同月二一日には臨時株主総会を開催し、被告日総の全役員を解任してしまった。そして、被告根本は、同月二八日には今度は従業員らに対し、解雇予告をするなどした。

(四)  この様な状況の下で、昭和六三年一月二一日に、原告ら従業員が話し合ったうえで、日総グループ役員及び従業員の代表として矢萩剛吉、梅沢晃、後藤久男、渡部幸恵及び寺内正倫が日総グループの代表である被告根本勝との間において、日総グループは昭和六二年一二月末日現在の従業員につき基本給の一・五か月分に相当する賞与を、また嘱託職員についても正規の従業員に準じて各人の契約による一か月分を昭和六三年三月三一日までの間に(資金繰りの許す限り、できるだけ早く)支給する旨合意した。なお、被告日総及び被告日本不動産は、昭和六三年四月一日付け文書で、右賞与の支給を前提として、その支払の猶予を各従業員及び嘱託職員に対し求めている。

以上認定の事実によると、右矢萩剛吉外四名を代理人とする原告らと被告根本を代表者とする被告三社との間において、昭和六三年一月二一日に、昭和六二年一二月末日現在在籍する従業員につき基本給の一・五か月分に相当する賞与を、また嘱託職員については各人の契約による一か月分を昭和六三年三月三一日までの間に支給する旨合意したことが認められる。

2(一)  被告らは、被告根本の意思表示は原告らの強迫によるものであると主張するが、被告らは積極的にこの点についての立証活動をせず、これを認めるに足る的確な証拠はない。

(二)  また、被告らは、原告ら主張の合意には条件が付いていたと主張するのでこの点について判断するに、原告ら主張の根拠となる(証拠略)によると、日総グループと同グループの役員・従業員との間において九項目にわたる合意がなされ、それぞれ独立に債務を負担する形式をとっていること、しかも、被告らが条件であると主張する条項は、その第七項として、「(1)乙(日総グループ役員・従業員)及び日総グループに属する各会社の全従業員は、本年一月二二日の出勤定時刻から、各職場に復帰した上、直ちに正常な業務に就く。(3)乙は、日総グループに属する各会社の支店の統廃合につき、甲(日総グループ)の指示に全面的に従う。」と規定され、原告ら主張の賞与支給を約した条項は、第八項として、「甲は、昭和六二年一二月末日現在の従業員につき、基本給の一・五か月分に相当する賞与を、本年三月三一日までの間に(資金繰りの許す限り、できるだけ早く)支給する。」と別個独立に規定されていることが認められ、右認定の事実によると、賞与支給を約した条項は特に条件は付いておらず、またその内容からいっても、右第七項の(1)及び(3)は勤務等に関する条項で将来に向ってのものであるが、賞与支給を約した条項は昭和六二年一二月末日現在の従業員についての過去の労働に対するものであり、特段の事情のない限り一方が他方の条件であったり、又は相互に牽連する関係にあるものと解することはできず、右特段の事情を認めるに足る的確な証拠はない。また、(証拠略)によると、確かに、賞与の条項の中に、資金繰りの許す限りできるだけ早くとの文言がみられるが、これは資金繰りが許せば、期限である昭和六三年三月三一日よりも早く出すという趣旨であって、資金繰りができなくてもその期限を右期日よりも伸ばす趣旨とは解することはできない。

(三)  更に、被告らは、原告らの義務を規定した右各条項が履行不能となったから賞与支給を約した条項を解除すると主張するが、右(二)において判断したとおり、原告らの勤務等についての義務を規定した右各条項は、独立の条項であり、賞与支給を約した条項の条件と解することはできず、しかも賞与支給を約した条項と相互に牽連する関係にあるものとも解することができないから、被告らの主張はその前提を欠き、理由がない。

3  したがって、賞与を請求する原告らは、各所属する被告三社に対して、右勤怠控除をした上で、それぞれ別紙一覧表(一)ないし(三)の「控除後賞与金額」欄記載の各賞与の支払請求権を有する。

四  被告根本の責任について

原告らは、被告根本が自己のオーナー権に固執して退陣要求を拒否し、右要求を迫った弁護士や役員を解任し、有力な従業員を解雇して結果的に被告日総を事実上の倒産に追い込んだのであるから、被告根本の右各行為は明らかに会社経営上の任務違背に当たると主張する。しかしながら、株式会社の取締役の選任権及び解任権は株式会社の専権事項であり、取締役の職務遂行に不正の行為があるにも拘らず、株主総会において当該取締役を解任することを否決した場合には一定の株主に、一定の期間内に裁判所に対する当該取締役の解任請求が認められており、また、代表取締役の選任及び解任は取締役会においてなされるべきものである。したがって、被告根本が、右弁護士や役員、原告ら従業員の退陣要求を拒否したからといって、会社経営上の任務違背があったとはいい得ない。また、前記認定のとおり、右弁護士や役員、原告ら従業員は被告根本の右退陣を不動の前提として会社再建を計画していたのであるから、被告根本の右退陣拒否が右任務違背となり得ない以上、被告根本が、右弁護士や役員を解任し主要な従業員を解雇したことは妥当な措置とはいい難いが、このことをもって、直ちに右任務違背があったものともいい得ない。しかも、(証拠略)によると、被告根本が右弁護士や役員を解任し主要な従業員を解雇した約一か月後の昭和六三年一月二一日に日総グループ代表と同グループ役員・従業員代表との間において、「1甲(日総グループ)及び乙(日総グループ役員・従業員)は、互いに日総グループの平穏且つ円滑なる再建もしくは整理の促進を行う為、甲・乙それぞれの立場で既に行った行為(第三者の雇入・弁護士への依頼・破産申立・諸支払い・手形の差替等)について、従来の行掛りの全てを水に流し、互いに一切の責任を問わないことを本旨として本件合意に達したものであることを相互に確認する。2甲は、本日までの間に行った懲戒処分を白紙撤回し、懲戒解雇をなかったものとする。又、日総リース(株)・日本不動産ローン(株)・日本総合ファイナンス(株)の前役員五名(矢萩・梅沢・後藤・渡部・寺内)については、取り敢えず、部長職として会社の業務に復帰する。」との内容で合意したことが認められ、右事実からしても、右弁護士や役員、主要な従業員がその職を離れていたのは約一か月間であることが推認され、右弁護士らの解任や解雇が被告日総を事実上の倒産に追い込んだ直接の原因であるともいい難い。したがって、原告らが請求する被告根本に対する商法二六六条の三に基づく損害賠償請求は、いずれも理由がない。

五  以上の次第で、原告らの被告三社に対する各請求はいずれも理由があるからこれを認容し、被告根本に対する各請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 酒井正史)

原告目録(一)

(日総リース株式会社関係)

甲事件原告(1) 大鍔千秋

(ほか一〇〇名)

乙事件原告(122) 佐藤勇

原告目録(二)

(日本不動産ローン株式会社関係)

甲事件原告(102) 長谷川昇

(ほか一八名)

乙事件原告(130) 中野晶仁

(ほか二名)

原告目録(三)

(日本不動産鑑定株式会社関係)

甲事件原告(121) 松岡融司

乙事件原告(133) 牧野純一

右原告ら訴訟代理人弁護士 鹿児嶋康雄

右原告ら訴訟復代理人弁護士 平出晋一

甲・乙事件被告 日総リース株式会社

右代表者代表取締役 根本勝

甲・乙事件被告 日本不動産ローン株式会社

右代表者代表取締役 根本勝

甲・乙事件被告 日本不動産鑑定株式会社

右代表者代表取締役 根本勝

甲・乙事件被告 根本勝

右被告ら訴訟代理人弁護士 北川雅男

同 本田喚尚

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